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オピニオン

2017年4月1日

村上副会長

「働き方改革」に思うこと
 — 真に目指すものとは

日本船主協会 副会長
川崎汽船 代表取締役社長
村上 英三

「モーレツ社員」「二十四時間戦えますか」といった古い時代が遥か遠くに過ぎ去って久しい。経済成長過程、産業構造、世の価値観の変化の中で、長時間労働が社会問題視されてから既に相当な時間が経過しているが、この問題は今も尚メディアで毎日のように取り上げられ、それらを題材にした書籍は店頭に溢れている。考え方の基本は、個々人が自身の生活を犠牲にして長時間働くことを非と捉え、決められた労働時間の中で生産性を上げることで捻出される時間をプライベートの充実に充て、その余裕が業務の更なる効率化に繋げることを是とするというものである。その為には労働時間の長短のみに焦点を当てるのではなく多様性のある働き方の導入を勘案した「働き方の改革」を考え、実行することが社会、組織、企業に求められるものとなる。即ち、社員の置かれた環境に応じた働き易い職場を提供することが、その企業の総合的な競争力のアップに繋がるということである。

 長時間の過重労働は、社員の心身健康への悪影響、働く社員の思考停止、組織の疲弊、離職者の増加、企業の提供サービス質の低下、など悪循環となって企業価値の向上への阻害要因に溢れるものであり、そもそも度を越えた労働時間は違法行為として企業のコンプライアンス問題でもある。川崎汽船もかなり以前から、経営上の大きな課題として労働時間短縮に取り組んでおり、会社を挙げた運動の成果は時間外労働時間の短縮という形で出ている。一方で、就労に関する制度面ではフレックスタイム制、産前・産後休暇、育児休業、介護休業、育児や介護の為の時短勤務などを取り入れ、働き易い職場を作るベースを作って来た。働き方の多様化による業務効率の改善を狙う制度としては在宅勤務を試験的に行い、その有効性と課題を検証の上で本格的な制度化を検討中である。但し、これらの制度は、ややもすると特定の課題に焦点を当て過ぎることで、全社的な観点から見た場合に偏ったものと成りがちな面も否めない。制度設計をする上で忘れてはならないのが、その制度によって直接・間接的に影響を受けるそれぞれの立場から全社員にとってフェアーな制度であることが大前提となるという点である。又、業務効率の改善には進化したIT技術の有効利用は不可欠だ。ビッグデータを活用したIoT、AIのフル活用、アウトソースを含めた業務効率化追求は極めて有効なツールとなる。これらの制度整備やツール活用は言わば働き方改革への必要・前提要件ではあるが、これだけで有効な真の改革が実現することは難しい。では、十分要件とは何か。

 それはやはり経営陣、社員、組織全体の意識改革であろう。肝心なのは仕事に費やす時間量ではなく、効率的な業務遂行を通して、より質の高い結果を出すことへの強い意識である。各組織が、そして個々人が強い意識をもって仕事の質を高め、生産性を上げながら、より良い成果物を出していく、このことが真の改革を意味する。単に労働時間量を減らすだけや、就労上の制度導入をすることで企業や個々人が持続的に成長出来るほど世の中は甘くはなかろう。多くの企業が海外の企業との熾烈な競争の中に晒されている。海事産業に就く企業も然り。企業価値の向上には諸制度導入や労働時間短縮など企業からの社員への慮り、と同時に、生産性向上に資する高い成果の現出に敏感な社員の意識という両輪の機能のバランスが必須となる。単に働き易い職場環境の実現だけが一面的な最終目的ではない。組織としての競争力を失う結果、社員の充実した生活とそれを支える仕事の基盤が緩んでしまっては元も子もない。

 社会に責任のある企業として、定められた就労時間の中で関係者一人ひとりが成すべき職務を明確に意識・自覚した上で、高い効率と質による業務遂行を通した持続的な成長を実現し、高品質なサービスを提供していくことがお客様、投資家、株主、取引先、社会、そして社員自身といった全てのステークホルダーへの貢献の鍵となろう。

以上

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