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オピニオン

2018年8月1日

稲葉副会長

ごみを捨てる人と拾う人

日本船主協会 副会長
JXオーシャン 代表取締役社長
稲葉 愼司

随分前のことになりますが、瀬戸内のとあるオイルターミナルを訪問した時のことです。そこには、見事なまでに清掃・整理整頓がなされた現場の姿がありました。その旨を所長にお伝えしたところ、「ここには、海伝いに色々なものが漂着するので、その掃除は大きな問題だった。世の中には、ごみを捨てる人と拾う人がいて、さらには拾わせる人がいる。当所には、拾わされている社員はいない。問題解決に向け、みんな自発的に拾っているので。」とお話しされました。正直そこまで徹底されているのかな、とも思いましたが、確かに岸壁から貯油タンク、出荷設備や消火器格納ケースに至るまで塵一つ落ちておらず、その全所一丸となった取り組みに所員のプライドを窺い知ることができました。一つ二つ拾ったってしょうがないじゃないかではなく、一つでも二つでも拾えば、それだけ世の中がきれいになる、そういう考え方でした。結果、こうした取り組みは地域住民の間でも評判になり、さらにはターミナルを利用する多くの需要家からも高い評価を得ることになり、取り扱いを増やすことに繋がったそうです。


海運業界が直面する環境問題は、GHG排出削減、燃料油硫黄分濃度規制、バラスト水規制、シップリサイクル問題等々幅広い領域での多種多様な問題に法的な圧力も加わり、ごみ拾いのエピソードとは同列に論じられません。しかしながら能動的に有害物質を出さない人や処理する人を目指すことは出来ると思いますし、近年ESGが提唱されて以降、環境や社会に正面から向き合っている企業は長期的に、持続的に成長・発展していくことが期待出来るとみなされているのもまた事実です。


一方で、過日、香港で開催されたアジア船主協会年次総会の場で目の当たりにしたのは、利害を前面に参加者同士が口角泡を飛ばして議論する様子でした。改めて当たり前のことを当たり前に行うことの難しさを痛感させられました。


言うまでもなく、地球環境コストは、関連する皆さんで負担し合うのが基本ルールであり、海運業界だけで負担すべきものではありません。とはいえ単位当たりのエネルギー効率が極めて高く、且つ自他ともに認める老舗業界の、地球環境へのさらなる改善を目指した積極的・自主的な取り組みが社会に広く認知されれば、その影響力は極めて大きなものになると考えています。確かに海運業界は、苛烈な国際競争下に置かれています。今後要求される厳しい環境規制の是非はともかく、それぞれが降ってわいた災難、ごみを拾わされている、と言うのではなく、それぞれが愚直に取り組むことが大きな変化を生みだすのではないでしょうか。国や業界レベルの活動を支えるのは、各企業の現場力の源泉である社員なのです。こうしたマインドを持つ社員を一人でも多く育て増やすことにより、少なくとも現在直面する環境問題も乗り越えていけるものと考えています。


些細な話になりますが、たまに拙宅の玄関先の掃き掃除(掃かされる?)をすることがあります。そうした時には前述のターミナル所長の顔を思い出しつつ、両隣の境界線を少し越えたところまで綺麗にするよう心掛けています。そういえば、お隣の梅の木の下を掃除してあげたところ、梅酒になって返って来たことがありました。


以上

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