JSA 一般社団法人日本船主協会
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オピニオン

2019年6月1日

小野理事長

外航日本人船員に関する
議論の在り方

日本船主協会 理事長
小野 芳清

日本商船隊はかつては日本人船員により運航されていた。今から半世紀前には約6万人の外航日本人船員が日本商船隊を動かしていたが、今世紀に入ってからは約2千人規模で推移している。大幅減少の主因は、海運関係者であれば誰でも知っているとおり、30数年前の急激な円高に伴う日本人船員の国際的コスト競争力低下による大規模な雇用調整とその後の新規採用の手控えである。本邦企業である外航海運会社が日本人の雇用に寄与しないのはけしからんとの議論もあろうかと思うが、国内での競争ではなく国際市場における激烈な競争を強く意識せざるを得ない民間営利企業である外航海運会社にとっては、会社存続のためにやむを得ない行動であったと考える。

これまでの外航日本人船員に関する世間一般の議論は、この大幅減少という側面にのみ着目し、例えば「外航海運企業はもっと日本人船員を雇用すべきだ」「日本人船員の減少は日本の安全保障にとって由々しき事態である」といったものがほとんどであった。しかし、冷静に、かつ、純粋に経済合理性の観点から考えてみると、国際的コスト競争力を失った日本人船員を未だに約2千人も外航海運会社が抱えていること自体が不思議に見えてくる。限りなくゼロに近づいてもおかしくないのに!

なぜこのような不思議な現象が見られるのであろうか?これまで見聞きしたことをもとに約2千人規模で維持されている理由を私なりにまとめたものを以下列挙してみたい。

(1) 事業の性格上、船舶運航現場の経験に基づく判断が必要な陸上業務が存在するため、その要員として会社に対するロイヤルティーが高い日本人船員が一定数必要である。
(2) 事業の性格上、様々な国籍の船員を雇うが、この異文化集団をマネージするための要員としてロイヤルティーが高いと思われる日本人船員に白羽の矢が立っている。
(3) 評判の高い日本人船員の配乗を荷主が強く要求してくる場合がある。
(4) 上記各種要請に応える人材の継続的な確保のため、技能伝承対象者として若手日本人船員が必要である。

もちろん会社毎に微妙に事情は違うと思われるが、以上が邦船社の事情の最大公約数であろうと私は考えている。もし私に認識誤り等があれば是非ご指摘いただきたい。

これらの事実から分かることは、わが国外航海運会社の過去から現在に至る日本人船員に係る雇用行動は、純粋な経済合理性の観点に大きく支配されつつも、企業存続という大目標達成のために経済合理性をある程度犠牲にしたギリギリのラインを意識したものだった、ということである。今後もこの行動原理が劇的に変化するとは考えにくい。

外航日本人船員に関する議論を行う際、船員数のみに気を取られるあまり、この企業行動の本質をしっかり認識しないまま政策論議をし制度設計を行えば、議論自体がかみ合わないばかりか、出来上がった制度がうまく機能せず、最悪の場合にはわが国の「インフラのインフラ」である外航海運産業の日本国内での存続そのものを危うくする恐れもあると私は考えている。

今後の外航日本人船員に関する各種政策論議が、安全保障の観点も含め、地に足のついたものであり、かつわが国の将来にとって実りあるものになることを切に願って止まない。

以上

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