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オピニオン

2021年10月1日

野瀬常任委員

「排出権取引」

日本船主協会 常任委員
NYKバルク・プロジェクト 代表取締役社長
野瀬 素之

最近世界中で洪水・土砂崩れ・山火事といった自然災害が頻発し地球温暖化が差し迫った状況にあることを実感する。またIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の最新の報告が従来の「温暖化の主な要因は人間の影響である可能性が極めて高い」という表現から「・・・・であることに疑う余地がない」という踏み込んだ表現に変わった。

そのような状況下「GHG排出ネットゼロ」に向けての取組みを加速させることが求められるが、「ゼロ」というのは極めてチャレンジングな目標であり、規制を設けることに加えて排出権取引・炭素税/ 課金・補助金・税制優遇といった経済的手法も活用しインセンティブを与えて技術革新を促進することが不可欠である。なかでも排出権取引は最近取引市場が様々な国で立ち上がっており、経済的手法の主流となることが期待されているようだ。確かに市場メカニズムが働いて排出削減の確実性は高いと思う。が、欠点のない100点満点の手法なんだろうか?

筆者が排出権取引に関し懸念するor疑問に思う点は下記のとおりである。(海運企業が排出権の買い手となる前提)

  • 需給が逼迫し価格が極端に高くなる可能性があり、企業経営上大きなリスクとなる。CO2削減はリードタイムを必要とする投資によるものも多く、価格が予想より高くなったからといって自分ですぐ削減量を増やすのは困難である。価格が上昇するとそれに誘引されて直ちに供給があるのだろうか? 取引市場への出物が少なくとんでもない価格となる局面があったりしないのだろうか?
  • 逆に海運以外のセクターで技術革新が起こり供給過剰で価格が安くなる可能性もあるだろう。その場合経済的には自分で高い費用をかけて削減するよりも安い排出権を買ったほうがいいということになる。それで“ネットゼロ”にはなるが、それを続けてるとCO2の実排出量は一向に減らない。はたしてそれでいいのだろうか?同じ金を払うのなら他セクターに流出させるより燃料油課金制にして海運セクター内に留め置きゼロエミッション船・ゼロエミッション燃料等の導入促進に活用することによって海運セクターのCO2排出“ゼロ”を目指すほうがいいのではないか?
  • 排出枠が排出実績に基づいて無償で与えられる方式の場合、今までCO2削減に積極的に取り組んでこなかった企業は大きな枠をもらえ容易に削減出来て排出権で儲けられる。また、衰退産業の企業も排出削減努力をしてなくても単に事業規模が縮小することによりCO2排出量が減り排出権で儲けることができてしまう。“効率”が問われず“総量”に基づくシステムなのでそういうことになる訳だが、どうも納得がいかない。

燃料油課金にも長所ばかりではなく短所・課題もあるだろう。どのような制度設計にするのが海運業・地球環境にとって実効性があって最善なのだろうか? 今後MEPCにおいて公正で実りある議論が行われることを期待する。

以上
※本稿は筆者の個人的な見解を掲載するものです。

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