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オピニオン

2022年6月1日

森重理事長

ジェロニモス修道院の
ヴァスコ・ダ・ガマ

日本船主協会 理事長
森重 俊也

ポルトガル・リスボンは、坂の街。旧市街中心部から、石畳の坂が一直線に下に続き、その先は海、大西洋。坂と坂、海岸線に沿って、クラッシックな路面電車が走り回る。栄えた大航海時代を偲ばせる街並みである。

海沿いに乗車すると、世界遺産「ジェロニモス修道院」に辿り着く。壮大で華麗、マヌエル様式の建築物。その中心部の聖堂に、大きな石棺が堂々と安置されている。誰だろうと思い、側面を見ると、ヴァスコ・ダ・ガマと書いてある。ここに眠っているとは知らなくて驚いた。

修道院の海岸沿いには、海に向かって、船の舳先を模した「発見のモニュメント」があり、33人の船上の英雄たちの列3番目にもガマがいる。エンリケ航海王子とともに、海洋帝国ポルトガルにとっての、彼の存在感の大きさを実感した。

一方、羽田正氏によれば、インド航路を開拓し莫大な富をポルトガルにもたらしたガマ、インド西岸部を中心とした海上帝国の建設について、「確かに彼は、勇気ある船乗りだっただろう。しかし、その富の多くが、暴力的な商取引と船の略奪、多くの罪のない人々の殺害によって得られたものだったことを忘れてはならない。ガマは、異文化の共存するインド洋海域の秩序の破壊者でもあったのだ」。氏の「東インド会社とアジアの海」では、その実像が生々しく語られている。

氏が、ポルトガル海上帝国終焉の理由としてあげているのは、一つは、香辛料貿易「独占」のほころびである。ポルトガル船の海上監視を逃れて、交易のルートが生じたこと。いま一つは、帝国の多数の要塞や拠点の建設・維持に、巨額の資金が必要となったことである。ポルトガルの規模、国力の限界ということであろう。

思うに、収奪型交易に替わる新たなビジネスモデルを展開せず、またその間に、大国スペイン、造船技術と商才にたけたオランダなど、競争相手が次々に登場したことにもよるのであろう。

ポルトガルのみならず、また洋の東西を問わず、歴史上多くの帝国は、戦争、侵略等を伴いながら、興亡してきた。人類は、悲劇を生む他国への支配欲・拡張欲をコントロールしようと、今日まで、平和と安全に向けた努力が重ねられてきているが、まさに現状を見れば、残念ながらまだまだこれからと思わざるをえない。

国際交通、海運・航空は、こうしたリスクにさらされるなか、グローバルな輸送を続けてきている。グローバルなリスクを、中長期的により一層織り込まなければ、持続可能な安定輸送は難しくなっている。

交易自体が、相互の経済繁栄の手段であると同時に、自国へ依存させる支配の手段にもなるという、二面性を持つことも、状況を難しくしている。

空気と水と安全はただではない。海運事業の基礎インフラとして、安全保障、危機管理の意義が改めて認識され、それに向けた資源の投入がより重視される時代のように思う。

以上
※本稿は筆者の個人的な見解を掲載するものです。

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