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2022年10月1日

野瀬常任委員

「自然資本」

日本船主協会 常任委員
NYKバルク・プロジェクト 代表取締役社長
野瀬 素之

「資本」というのは俗にいう経営資源「ヒト・モノ・カネ・情報」のうちの「カネ」のことだとずっと理解していた。辞書にも「事業活動を行うための元手となる資金のこと」とある。ところが、最近「カネ」とは異なる意味合いで、「人的資本」、「知的資本」、「自然資本」というように使われているのを見かける。言葉の使い方は時代とともに変わっていくものであることは分かっているが、年をとったせいか昔の用語にこだわってしまう。調べてみると国際統合報告評議会という組織が、国際統合報告フレームワークのモデルケースとして「①人的資本、②製造資本、③財務資本、④知的資本、⑤社会・関係資本、⑥自然資本」というふうに用い、それが広まったようである。個人的には「資源」や「財産」でいいと思うのだが、どうして「資本」がこのような使われ方をするようになったのだろう?これは筆者の憶測だが、経営資源に関する事は何でもKPIを決めて定量化・見える化し、可能であれば「カネ」に換算して評価・説明すべし、という最近主流の考え方が背景にあるのではないか。「カネ」に置き換えられるものなので「資本」にしておこうということである。

最近広大な森林を所有している顧客と話す機会があった。従来森林が産み出す価値は伐採・販売される木のみであったが、最近ではCO2吸収、生物多様性維持、水質保全、漁場保全、土砂災害防止といった様々な付加価値が認識されるようになった。CO2吸収価値はカーボンクレジットに換算されうるし、他の価値も将来的に経済的評価がなされるだろうとの話だった。生物の多様性をどのように計算して「カネ」で表すのかわからないが、そう出来ればまさしく「自然資本」という呼び方がふさわしい。今まで軽視されていた大切な価値が経済的評価によって日の目を見るのは素晴らしいことである。

翻ってわれわれ海運業はどうだろう?基本的に海運企業は上記森林のような「自然資本」を所有していない。昔の海運企業にとって大気や海洋はコストフリーで無尽蔵に使用できる「自然の恵み」であった。しかし、2000年代に入りNOx、SOx、バラスト水、船底ペイント等に関する様々な規制に対応するため多額のカネを大気および海洋のために投じた。更に足元ではGHG削減のために莫大な投資を始めつつある。また、物理的投資だけでなくGHG削減を効率的に進めるため現在MEPCで議論されている課金、還付、排出量取引といった経済的手法が採用され、そこでもカネが動くことになるだろう。巨額のカネが投じられて「自然の恵み」が「自然資本」に変わったと言える。

1972年にローマクラブが「成長の限界」を発表し、このまま人口増加と経済成長が続いた場合、人類は資源枯渇、環境汚染、食糧危機に直面し100年以内に制御不能な危機に陥る可能性があると警鐘を発してから50年が経った。残念ながらこの半世紀の間に人間の経済活動は地球環境に大きなダメージをもたらし、人間社会の存続がおぼつかなくなってしまった。子孫に持続可能な未来を残すことはわれわれの責務である。GHG削減のためMEPCの場において、利害や立場の違いを乗り越え「カネ」を物差しにした効率的で公正な経済的手法の枠組みが合意されることを強く期待している。

以上
※本稿は筆者の個人的な見解を掲載するものです。

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