2025年6月1日

伝える努力
日本船主協会 理事長篠原 康弘
「かつて偉大で力強かったUSスチールが外国企業に買収されることに、私は完全に反対だ!」
企業の合理的な経営判断が、政治判断によって容易に左右されてしまうことを、私たちは、今、目の当たりにしています。
私たちは、ほんの少し前まで、ICT技術が世界をフラット化し、経済合理性に基づく効率的な国際サプライチェーンが築かれることに、疑いを持っていませんでした。
わが国を含む世界の166カ国・地域が加盟する世界貿易機関(WTO)には、自由貿易体制を支える大原則として、「最恵国待遇(Most-Favoured-Nation Treatment:MFN原則)」が規定されています。WTO加盟国の間で、関税に差を設けてはならないというルールです。この世界貿易の根本的なルールが揺らいでしまうことも、私たちは想像もしていませんでした。
私たち海運業界は、これらの基本的な経済原則や国際ルールを、事業を展開するうえでの大前提としてきました。そして、海運業界は、できるだけ政治・行政に頼ることなく、自らの足で立って、歯を食いしばって経営を行なってきました。
これこそが、世界単一市場において熾烈な競争の中で勝ち残り、世界の中で確固たる地位を築いてきた、わが国海運業界の矜持です。
しかしながら、昨今の新しい政治の潮流に直面して、私たち海運業界も、自力だけでできることに限界があることを、否応なしに認識しなければならない状況になっています。政治や行政からの理解と支援を得なければ、健全な事業環境が確保されないことが明らかになってきている、と言わざるを得ません。
海運事業は、水や空気のような存在だとも言えます。なくてはならないものなのに、あるのが当たり前のように受け止められがちなのです。
日本経済の持続的な成長や、安定した国民生活を維持するためには、日本に海運事業がなくなっては困ること、地政学的なリスクが高まっている今日において、安定的な海上輸送の確保は、日本の生命線であること、これらについて、政治・行政に確固たる認識を持っていただくことが、極めて重要なのです。
そのための取組みの第一歩として、まず、今、海運業界はどのような取組みをしており、どのようなことに苦労しており、どのようなサポートが必要か、知ってもらわなければ、理解も協力も得られません。
労を惜しまず、機会あるごとに、顔を合わせ、コミュニケーションを図ること、これはビジネスと同じだと考えます。また、相手からのサポートを得るためには、ギブ・アンド・テイクの関係も重要でしょう。
日本船主協会事務局は、そのような努力を、これから一層強化していきたいと考えています。会員のみなさまのご理解とご協力を、何卒よろしくお願い申し上げます。
以上
※本稿は筆者の個人的な見解を掲載するものです。