2026年11月1日
海運システムを守るということ
~経済安全保障時代の船主の責務~
日本船主協会 常任委員商船三井ドライバルク 代表取締役社長
福井 利明
日本は、原油・天然ガス・石炭・鉄鉱石をはじめ、多くの資源や物資を海外からの輸入に依存しており、わが国の貿易量の99%以上を海上輸送が担っています。これらの物資が途絶えれば、私たちの生活も産業も立ち行きません。その意味で、海運は社会・経済活動を根底で支える「下部構造」と言えるでしょう。
近年、経済安全保障の議論が活発化しています。海事分野では造船業の強化策が語られることが多いですが、経済安全保障を海事分野で実効性のあるものとするためには、船舶、船主、オペレーター、ブローカー、船舶管理、船員、造船、舶用工業、船舶金融、海上保険、船舶代理店、港湾など、各要素が有機的に結びついた「海運システム」を維持する必要があります。造船能力が強化されても、船舶を実際に運航し、輸送を担うシステムが維持されなければ、必要な時に輸送を実行することはできないからです。
この海運システムを考える上で注目すべきなのは日本籍船です。現在、日本外航商船隊は2,227隻で構成され、そのうち日本籍船は341隻、全体の15.3%です(SHIPPING NOW 2026-2027/データ編 33頁)。残る1,886隻は外国籍船で、その多くを日本のオペレーターが運航・管理しています。これは国際競争の中でコストと競争力を追求してきた結果ですが、外国籍船と日本籍船の間には平時には見えない重要な違いがあります。それは、国家間の緊張が高まる局面などでは、日本のオペレーターが運航・管理する船舶であっても、外国籍船であれば船籍国の管轄下にあるため、輸送の継続に一定の制約を受ける可能性があるという点です。これに対し日本籍船は、日本の法制度の下に置かれることから、緊急時における輸送確保という観点で重要な意味を持ちます。日本籍船は一時100隻を割り込むまで減少しましたが、トン数標準税制などの政策的な後押しにより着実に回復してきました。それでもなお全体の1割強にとどまっているという事実は、平時の経済性と、いざという時の輸送確保という二つの要求を両立させることの難しさを示しているとも言えるでしょう。
危機への対応そのものについては、本欄でもこれまでさまざまな観点から論じられてきました。ここで問いたいのは、危機が起きたその時の対応ではなく、危機が起きる前に、私たち船主が平時からどのような備えを積み上げておくべきか、という点です。
そのためには、海運システムを長期の時間軸から捉えることが重要なのではないでしょうか。市況や為替、地政学情勢といった海運を取り巻く環境は絶えず変動します。一方、船舶そのもの、船員や陸上の人材、法制度、そして舶用機器など、海運システムを構成する要素は、長い時間をかけて形成され、維持されるものです。こうした要素の重要性は平時には見えにくく、維持に伴うコストや制約が意識されがちです。また、海運は、危機に際して輸送を支える役割が期待される一方で、自然災害、感染症の流行、サプライチェーンの混乱など、さまざまな危機の影響を受けやすい産業でもあります。しかも、海運システムは、危機が生じてから短期間で築き上げることはできません。この観点からも、船舶を日本の法制度とその管轄下に置く日本籍船は、輸送の確実性を支える海運システムの重要な要素と言えるでしょう。
経済安全保障の本質は、船舶を建造する能力と、必要な時に確実に輸送を実行できる能力の双方を維持することにあると考えます。造船能力の強化に向けた施策が進められる一方で、輸送能力を平時から維持するための仕組みについても、さらに議論を深めるべきではないでしょうか。船員・技術者の確保と育成、そして多様な船籍構成を含め、日本外航商船隊全体の輸送能力をいかに確保するかまで踏み込んで考える必要があります。そのための負担を、船主・荷主・政府がどう分担するのか。この問いに向き合うことが、持続可能な海運システムを構築する上で重要になるでしょう。
海運が日本社会を支える下部構造である以上、平時には見えにくい輸送の確実性をいかに維持するかが問われています。船を建造・保有する基盤を築くとともに、必要な時に確実に輸送を実行できるよう、海運システムを平時から整えておくことこそ、私たち船主に課せられた責務ではないでしょうか。
以上
※本稿は筆者の個人的な見解を掲載するものです。









